ドイツ音楽留学 恩師コンラート リヒター先生の思い出3 (初レッスン)

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    ピアニスト 尾見林太郎
    大学のレッスン室です。左がリヒター先生。真ん中が兄弟子でフランス人のフレデリック。右が私です。(態度でか!)


    リヒター先生の教育方針は、自分個人のレッスンを受けるだけではなく、他の生徒のレッスンも聴講してより多くの作品について学ぶべきであるというものでした。これは本当にためになりました!!

    初日は、フレデリックのレッスン聴講からでした。

    二人は、お互いを敬称Sieではなく親称duで呼び合いながら、曲についてのディスカッションをしていました。
    曲はシューマンの幻想曲op-17。

    フレデリックが、
    「僕は、ここの部分は、こう思うから、もっとこのように弾きたい」
    と言うと
    「まあ、その解釈も悪くはないけど、だったらここの部分もこうしないと説得力ないんじゃないか?」
    のような感じです。

    私が日本で受けていたレッスンは、どちらかというと、先生がおっしゃることや注意を聞いて、また弾いていくような感じだったので、フレデリックがしっかりと自分の意見を言ってそれに対して先生が、しっかりとこたえてくださるレッスンはとても新鮮でした。

    私は日本の音大生時代、自己主張が強く自分が弾きたいように本当に好き勝手に演奏していて、他生徒が、先生の言うことを聞いて、ただまじめに弾いているのを聴いて、
    「なんでつまらなそうに弾くのかな?音楽なんだから楽しめばいいのに?」
    なんて生意気にも思っていたので、
    リヒター先生のレッスンを聴講して
    (これは、個性を尊重してくださる良い先生につけたぞ!きっと自分に合うに違いない!)
    と思ったのです。

    いよいよ私のレッスン開始!

    がんばってひととおり弾き終わると先生は言いました。
    「この部分は、どうしてそうやって弾いているんだい?」
    わたしは、意気揚々と
    「自分がこうゆうふうに弾きたいからです」
    と答えました。フレデリックのように・・・(笑)
    すると先生は、
    「なんで?」
    とおっしゃったので、もう一度、小さい声で自分がそう弾きたいから・・
    というと
    「楽譜のどこにそんなことが書いてある?」
    と言われて私は、言葉を失ったのです・・・

    フレデリックのレッスンとはあまりに違い、そのときの私には、先生が何でそうおっしゃったかの意味もまるでわからなかったのです。(笑)
    一瞬、人種差別か?なんて馬鹿なことを考えたくらい!(笑)

    ようするに のだめカンタービレの、のだめちゃんと一緒でした。
    何の作品に対する解釈や、正しく楽譜をアナリーゼすることなくただ好き勝手に弾いていただけだったのですから。それまでの私は・・・

    この時から、私に抜けきっていた部分
    アカデミズムの洗礼を受けることになるのです。

    つづく

    ドイツ音楽留学 恩師コンラート リヒター先生の思い出2 (ドイツ語がぁ〜!)

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      ピアニスト 尾見林太郎

      シュトゥットガルト音楽大学大学院に留学していた頃のなつかしい写真です。1997年頃かな?
      音楽大学の校舎と同じ通り沿いUrban str.にある、私が1994年から2000年まで住んでいたアパートです。

      幸運にもリヒター先生の門下生の一人となった私は、期待と不安を抱いたまま初レッスンを迎えました。

      何が不安かって?
      もちろんドイツ語語学力です。(笑)

      留学前の一年間、私は青山のゲーテインスティテュートに、ドイツ語を学ぶために通っていました。
      ドイツの大学院の入試に必要な、ドイツ語の語学証明書も当時はここで取得できたからです。 
      しかし仕事もしていたので(言い訳です・・)サボりが多く
      「出席日数が足りない君には語学力証明書は出せない!」
      と烙印を押されてしまいました。
      何のために通ったのか・・・

      私はあわてましたが、急いでどうしようか考えなくてはなりませんでした。
      書類提出の期限が迫っていたからです。
      考えた末、大学時代のドイツ語の先生に泣きついて語学証明書を書いてもおう!と思いついたのです。
      こういう時には頭回るんですよね・・・
      しかし大学時代の私の成績や授業態度が良かったはずもなく・・・あぁ
      ダメもとで、私がO先生に事と次第を説明すると先生は、

      「私の書いたものが、ドイツで通用するのかはわからないですが、
      書いてあげましょう!
      た・だ・し・、私は・ウ・ソ・は・書・け・ま・せ・ん・よ・?」

      とのきつ〜〜いお言葉が・・・あぁ 先生さすがです・・

      数日後先生が書いてくださった証明書には?

      「私は彼のドイツ語語学力を証明します。彼の成績は、<可>でしたが、彼は常に授業中は、勤勉でまじめでした!」

      と、ドイツ語で、シンプルに書いてあるではありませんか!

      あぁ・・先生ありがとうございます。
      先生・・・微妙にウソをつかせてすみませんでした。(笑)
      苦労されて書いてくださったお姿が目に浮かびます・・ 

      そしてなんと当時は、これで、語学の入学事前審査がとおったのだから、本当に良い時代でした。
      O先生!本当にありがとうございました!

      し・か・し!因果応報!
      後から苦労して後悔したことは、申すまでもありません・・・(笑)


      さあ次回はいよいよレッスン開始です!!

      つづく

      (注・現在は、一般大学 芸術大学を問わず、ドイツで実地の語学力試験にまず通らなければ、入学試験を受けることは出来ない。
      まずは入試前の3か月から1年位ドイツ語を集中的に学ぶことが必要。2008/7/16)






      ドイツ音楽留学!恩師コンラート リヒター先生の思い出1(先生との出会い)

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        音楽の事をブログに書くのは照れてしまいます。でもバイクや食べ歩き、そしてサッカーの話ばかりでしたので、これからは少しずつ、書いていこうと思います!

        まずは、ドイツ音楽留学時代!
        シュトゥットガルト総合芸術大学大学院で、5年にわたってお世話になったコンラート リヒター先生との出会いから。
        コンラート リヒター先生は、つい二年ほど前にも長期で東京芸術大学で教えにこられていましたし、昔から日本にもなじみの深い先生です。

        ピアニストはもちろんオルガン奏者でもあり、
        ドイツリートの伴奏者として名高く、多くの優秀な後継者を育てていらっしゃいます。
        またアウシュビッツで非業の死を遂げたユダヤ人作曲家、
        ビクトールウルマンの作品解釈と演奏の第一人者でもあります。
        ドイツでは大学教授にもランクがあり、C4という最高ランクのプロフェッサーです。こわ〜(笑)


        ドイツの大学制度では入試に受かっても、教授が受け持てる生徒数に定員があり、空きがないといくら優秀な生徒でも希望の先生につくことはできません。

        リヒター先生は当然人気がありますし、前に東京芸術大学の優秀な生徒さんが2人、高い得点で合格しているにもかかわらず、席が一つしか空いていないため、一人は門下に入れなかったと聞いていたので、私などでは無理だろうと思っていました。

        1994年の3月!
        7月の入試を前に、ドイツ語もチンプンカンプンな私は、
        はじめてドイツの地を踏みました。
        そして高校時代の同級生のM本さんの紹介で、はじめてリヒター先生にお会いしたのです。

        ドイツでは、入試前につきたい先生に演奏を聴いてもらい、気に入ってもらえてなおかつ入試に合格し、先生に席がある時にはじめて門下生になれます。

        演奏をまず聴いてもらうことをフォアシュピーレンといってレッスンとは違い、先生は基本的に何もアドバイスをくれません。
        あくまで、先生が門下生として取ってくださる気があるかどうかをお聞きするためのものです。

        簡単な挨拶と自己紹介のあと、

        ビッテネーメンズィープラッツ

        「まあ座りなさい」

        と先生はおっしゃったのですが、その言葉さえ当時はわかりませんでした。
        恥ずかしい!
        私のドイツ語学力の無さを一発で看破(笑)した先生は、あきれた顔一つせずに、にこやかに

        ビッテシュピーレンズィーマール

        「では、弾いてごらん?」

        とおっしゃいました。
        さすがにそれはわかったので、
        わ〜!いきなりだぁと心臓はバクバク!
        ドイツ語話せないんだから当然のなりゆきなのに。(笑)
        私は一生懸命に、入試の為に用意している曲を弾きました。

        バッハの平均律第二巻の14番
        ベートーベンのピアノソナタ第七番の第二楽章の途中まで、
        シューマンの謝肉祭のほんのさわり程度

        こまごまと切られて先生が聴かれていたので、
        これは、早く終わりたいんだろうな?
        なんて考えながら弾いていました。

        演奏が終わり、先生に、もし大学院の入試に合格したら、先生にとってもらえますか?
        と前日覚えた(笑)セリフを言うと、

        ヤーゲルネ!

        「喜んで!」

        とにこやかにおっしゃったので、私がびっくり!
        一瞬固まって、何かを気に入ってくださったのか!
        という嬉しさの前に、キョトンとしたことを今でも鮮明に覚えています。

        その後すぐに帰国して、たった一度きりの対面の後、まったく音信不通のまま私は7月の入試を受けました。
        今思い返せば何て失礼な!

        運良く合格し、これまた運良くリヒター先生も私を覚えていてくださり、
        さらには、この時リヒター先生には席が2つあって私は先生の弟子になることができたのです。
        もう一人の同期生は、ポーランドでDAADの奨学金をもらって来ているエリートでした。(笑)

        私の留学当時、リヒター先生はシュトゥットガルト総合芸術大学の学長を退かれたばかりでした。
        時間に余裕ができて、週に二回レッスンをしてくださり、
        私にとってはこれまた幸運な事でした。

        こうして私は、門下生一のダメ生徒として(笑)、
        大学院のピアノソロ専攻に三年。
        リート伴奏クラスにも二年間、
        置いていただくことになったのでした!

        つづく



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